過去の遺作置き場
「それにしても・・・・妙な話ですね」
秋子さんは、窓の外を眺めながら呟いた。
今、秋子さんと石橋は百花屋に来ている。
ここで、先ほどのアパートの状況を話しているのだった。
秋子さんは、窓の外を眺めながら呟いた。
今、秋子さんと石橋は百花屋に来ている。
ここで、先ほどのアパートの状況を話しているのだった。
「数日部屋をあけて久しぶりに戻ってみれば、中はアオカビやらシメジもどきで廃虚も同然・・・・ちょっとした浦島太郎と言ったところかしら」
そう言いながら、秋子さんは石橋の座っている方に向きなおした。
石橋はあのカビだらけの部屋の中で倒れていた為、身体のあちこちにまだカビがこびりついている。
普通、こんな姿だったら店に入る前に止められそうなもんだが・・・。
「高校という名の竜宮城で、ドタバタ明け暮れて月日の経つのも夢の内・・・・・・先生、亀でも助けましたか?」
石橋は少し俯くと、ポツポツと話し始めた。
普段、教室ので生徒達と話すときとは比べ物にならないぐらい丁寧な話し方で。
・・・・・緊張しているのかも知れない。
「実は・・・近頃、妙に気になっていたんですが・・・・・・ほら、良くあるでしょう?初めての街を歩いていて、いつか見たような光景に出会ったり・・・今自分がしていることを、いつかそのままそっくり繰り返していたような気がしたり・・・」
「デ・ジャヴ・・・既視感と言うものですね。疲れている時に人間の脳が産み出す偽りの体験・・・」
「自分もそう思っていました・・・疲れているんだと、だからそんな奇妙な考えに取り憑かれるんだと・・・・・・今日、あの部屋を見るまでは」
「・・・・何の話です?」
今まで、聞き流していた風の秋子さんは、石橋のその一言で興味を覚えた。
「さっき校長が言ってましたね・・・今日一日、明日は学園祭の初日だと。それと同じようなセリフを以前にも聞いたような・・・」
「疲れているんですよ・・・疲れているからそんな願望がありもしない記憶を作り出しているんです。連日、あの子達の相手をしているのですから無理もないでしょうけど・・・・まぁ、それも今日で終わりですよ、明日は学園祭の・・・・・?!」
そこまで口にして、秋子さんはハッとなった。
(そう言えば、私も以前に同じ事を・・・?)
秋子さんは記憶の糸を手繰る。
はっきりとした事は思い出せなかったが、確かに以前同じ事を言ったような気がした。
石橋の方は、そんな秋子さんに構わず話を続ける。
「そう考えて始めてみて初めて気付いたんですが、自分でも驚くくらい記憶がはっきりせんのです。昨日の事も、その前日の事も・・・いやうっかりすると、数時間前の事すら忘れている事があったり・・・・・・いつ、どこで、誰と会い、何をしたのか?大体、自分らが学校に泊り込んで幾日経つんですかね・・・3日ですか?4日ですか?」
「さぁ・・・・ドタバタしていましたから・・・・」
「忘れてしまう程、前からですか?」
「・・・・・先生、一体何をお考えなんですか?はっきりお聞かせ願えます?」
秋子さんの言葉を聞くと、石橋は一呼吸間を置く。
「これはあくまで仮説で・・・自分のぼけた頭が生み出した夢想なら無論それに越した事はないんですが、自分はこう思っとるんです」
石橋は最初にそう断りを入れた。
「昨日も一昨日も・・・いやそれ以前から、ず~っとずっと以前から・・・気の遠くなるぐらい前から、自分達は学園祭前日と言う同じ一日の同じドタバタを繰り返しているんじゃなかろうかと・・・そして明日も・・・」
「・・・・何を馬鹿な事を言ってるんです。疲れているんですよ、疲れて意識が混乱しているだけです。今日一日ゆっくり休んで明日になれば・・・・」
「明日になればどうなると言うんです。本当に今日と違う明日が来るんですか?!今日と違う昨日も思い出せないと言うのに・・・・!」
石橋は段々興奮してきたようだ。
少し声量が大きくなってきている。
「仮に・・・・仮に先生の言う通りだとして。では何故、周りの人たちが騒ぎ出さないんです?生徒達がそれほど長い間学校から戻らなければ、父兄が黙っていないでしょう?」
「同じ一日を繰り返しているのが学校だけでないとしたら・・・・この町全体が、いや世界全体が同じ一日を繰り返しているとしたら・・・・」
「世迷言もいい加減にしなさい!」
おぉ。秋子さんが叫んだ。
貴重な一瞬だ、写真に収めて・・・・って違う。
地の分が脱線してどうする。
閑話休題。
「先生の言う事は完全に常軌を逸しています・・・・妄想、そう。それはあなたの妄想です」
秋子さんは石橋に・・・・と言うか、自分に言い聞かせるような言い方をしている。
もしかしたら、石橋の言う事に納得の行く部分があったのかも知れない。
しかし、そんな事があるわけないと言う考えがある為、認められないのだろう。
「秋子先生・・・・実はさっきから必死になって思い出そうとしてるんですが、どうして思い出せない事があるんです。今日は何月の何日なのか・・・教えていただけますか?」
「・・・・・!?」
「昨日から着の身着のままとして、こんな物を着ているとすれば、冬なのかも知れませんが・・・」
そう言う石橋の服装・・・・それは、長袖のカッターシャツに冬用の厚いスーツ。
どう見ても冬仕様だ。
しかし、石橋はさっきから大量の汗を掻いている。
「この汗は・・・冷汗なんでしょうか・・・・それとも、この陽気のせいなんでしょうか?それに・・・さっきから聞こえているこれは・・・・これも幻聴なんでしょうか・・・・」
ミ~ンミンミンミンミ~ン。
ミ~ンミンミンミンミ~ン。
ミ~ンミンミンミンミ~ン。
そう、先ほどから窓の外から聞こえてくるのは蝉の鳴き声・・・・。
秋子さんは、その鳴き声に釣られるように外を眺めた。
バイクの後ろに石橋を乗せて自分に捕まらせ、秋子さんは学校への道のりをバイクで飛ばす。
石橋の話は、百花屋から出た後もまだ続いていた。
「浦島太郎は竜宮城で夢のような日々を送り・・・・そして懐かしい故郷へ帰ってみれば、そこでは既に数百年の歳月が流れていた。もし、亀を助けたのが太郎一人でなく、村人全員だったら・・・・村人全員が竜宮城へ行ったとしたら、どうなっていたか・・・・」
「・・・・その話はもう止めましょう」
秋子さんは諭すようにそう言うと更にスピードを上げる。
やがて、二人は学校に着いた。
「・・・・私は仕事に戻ります。先生もさっきの事は忘れて仕事に・・・・・」
ガシャーーン!
「「!?」」
突然のガラスが割れるような音を聞き、何事かと校舎の方を振り返ると、窓のところから見慣れた戦車の砲身が教室から突き出ていた。
「あうーーーーっ!だ、誰か助けてーーーーーーっ!!」
その砲身の先には真琴がぶら下がって助けを求めている。
これは・・・・ぶら下がっている人間こそ違えど、確かに以前見た覚えがある。
・・・・石橋の仮説は、ますます現実味を帯びてきたものとなった。
「これは・・・・認めざるを得ないのかも知れないですね・・・・」
そう・・・・秋子さんは呟いた。
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